[事件事故] 海難(6)−6 ”京浜運河の第一宗像丸海難事故” 或るヒューマンエラー

お彼岸か!、なにか季節感がたりないな〜、オハギでも買って喰うか……
さて、東日本大震災に付随した東電福島第一原子力発電所の爆発事故災害は国内事情では済まされず、その影響は世界に波及してしまいました。 原発設計段階での地震津波の知識不足か、故意か、安全対応の設計ミスが露呈しております。 特に災害時、重要な現場管理者、運転員の対応も時系列でその操作の当否が解明できておりませんが、究極のヒューマンエラー介在解明に必須の事柄に思えます。残念ながらマスコミなどはニュースバリュウから経営者、役所、政治家に焦点を当てがちですが、事故は先ずは現場からでしょう。……
今回の話の概要は京浜石油コンビナートの根幹物流路を形成している京浜運河で昭和37年11月18日に発生したガソリンタンカー「第一宗像丸」2、000トンと原油タンカー「ブロビーグ号」21、600トンの衝突事故で宗像丸の積荷ガソリンが破口部から海上に流出気化し、後続の小型タンカー太平丸89トンに引火爆発し衝突事故の両船とも炎上し41名の乗員が死亡した事件です。 奇しくも、この事故の6ヶ月前には国鉄三河島駅構内でD51貨物列車が暴走し常磐線電車上下線と衝突160名犠牲の大惨事が起きているのです。
      
JR鶴見線海芝浦駅、京浜運河岸壁にある駅で東芝工場関係者以外は駅構内より出られません。この海域が海難火災事故の現場。photo wikipedia
この海難事故の起こった京浜運河とは横浜市鶴見川河口から川崎市池上新田先の多摩川河口までの海面を埋め立てた臨海工業地帯の南(みなみ)海上を東西に通じる運河で当初の計画は東京港に通じる予定でしたが、神奈川県部分が昭和11年に完成したものです。、即ち、この京浜運河の開削による土砂を埋め立てに使い造成し、大企業工場を誘致しコンビナートを形成したもので、南の海面には戦後新たに扇島と東扇島も造成され、大企業工場、物流企業、湾岸道路として供用されております。 
私も昭和30年代には浅野ドック、日本鋼管鶴見造船所と日立造船川崎事業所のドックへ京浜運河を何度か通過した想い出の場所です。
狭水道を航行する大型船ブロビーグ号の水先案内人と宗像丸船長の安全操船の心理と海事法規の遵守の葛藤が見られた事件で、海上、陸上、動かす物の大きさ等、違いますが、自動車運転者の心理と法規遵守の関係などは基本的に同じパタンで事故の原因に繋がっているように思えるのです。と云うことで詳細はゆっくりと進みますので悪しからずお願いいたします。…京浜工業地帯の地図を拡大して御覧になると事の成行きが分ると思います!……
ガソリンタンカー宗像丸は山口県徳山港からガソリン3,642キロリットルを積み、出港、昭和37年11月17日午前2時横浜市鶴見防波堤灯台南1,300mに投錨仮泊、翌18日0746抜錨、京浜運河の航路に沿って東北東ENE8ノットで川崎市水江町の桟橋に向かいます。一方タンカー”ブロビーグ号”は同じく川崎市浮島町の桟橋で原油を揚げ終りバラストとして海水12,500トンを注入し18日0735、ラスタヌラ(サウジ)へ向け解纜(かいらん)出港、離岸回頭に使ったタグボート2隻を前部、後部を警戒させながら、水先人の操船で京浜運河を西南西WSWで航路に沿って横浜鶴見に向かいます。当時京浜運河の川崎口は浅く本船は鶴見からの航路のみの行き止まりだったのです。
ここで確認!。航路上の船舶は右側通行ですから往き遇い船は左舷と左舷を見ながらすれ違う事になります。またパイロット水先案内人とは法規で定められた仕事で規定の船舶の入出港は水先案内人の操船が必要な航路の条件があります。当然水先人の資格者は外航船の船長などの経験豊富な有資格者から抜擢された人達です。 海難審判所での”ブロビーグ号”乗船の水先人の事故に至る経過の供述を再現してみます。……
《同8時5分ごろ同第10号燈浮標を左舷側約100メートルに通過したとき、242度に転針のうえ、航路筋の左側に偏して続航し、同時9分半ごろ同第4号燈浮標を左舷側100メートルばかりに通過したが、航路筋の右側を航行すれば右方にあたる枝運河から出航して来る他船を突然近距離に認めた場合、自船が大型船で操船が意のようにならないのでその進路を避けることができず、京浜運河の北岸から約100メール以内の水域には、多数の艀や引き船列が航行していて、これらの船舶との衝突のおそれがあり、また、同北岸に係留している船舶の係船索を破断する心配があるばかりか、多くの船舶が航路筋の方へ錨を投じていることなどもあって、航路筋の右側を航行することに危険を感じ、同燈浮標のところから、しだいに幅の広まる航路筋の中央に向く同一針路のまま進行した。同時10分ごろ水先人は、安善町2丁目埋立地南東角からほぼ78度1,020メートルばかりのところに達したとき、ほぼ正船首1,250メートルばかりのところに煙霧の中から現われた宗像丸を、その右方にあたりに鶴洲丸を、また、同船の手前に鳳生丸をそれぞれ認め、いずれも入航して来ることを知り、これら各船の動向を見きわめるため、機関を1時間約4海里2分の1の最微速力前進に減じたところ、その後宗像丸とはほとんど真向かいに行き会う態勢のまま近づいたが、このような場所では自船が大型船なので舵を使って相手船を避譲することは困難と考え、同時11分ごろ機関を停止した。
 同時12分ごろ水先人は、船首少し右舷620メートルばかりのところに宗像丸を望み、鳳生丸と右舷を相対し約150メートルを隔てて航過したとき、機関を再び最微速力前進にかけたところ、船首少し左舷近距離のところに来航する引き船列を認めて直ちに機関を停止し、同時13分ごろ船首少し右舷340メートルばかりのところに宗像丸の船首を見る態勢になったとき、はじめて衝突の危険を感じ、機関微速力後退、つづいて全速力後退を令するとともに短音3回の針路信号を行なったところ、同時13分半ごろ船首少し右舷200メートルばかりのところに宗像丸の船首を望み、鶴洲丸と互いに右舷を対し約80メートルを隔てて航過したとき、宗像丸が短音1回を吹鳴し、その船首が右転しはじめ、自船の前路に向けて進出して来るのを認め、直ちに右舷錨を投じ、錨鎖一節余りを延出してこれを引き、一方船長は、緊急全速力後退を令して短音3回を吹鳴したが、船首がほぼ245度を向いたとき、前示のとおり衝突し、機関を停止した。》

注)上記「鶴洲丸」「鳳生丸」は宗像丸の先を航行する小型船でブロビーグ号と対航して通過している。この2船ともに法規違反の左側通行をしていた。但し小型船にとっては、この水域は広大で埋立地内陸の桟橋に着岸に便利な航路左側を航行する船舶が多い。……
…水先人は市街の狭い道を大型自動車で通行する運転者の心理と同じか?、脇道から飛び出す車、自転車などを警戒して道路中央寄りを走行する常識的な運転操作によく似ており、大型船にとっては小型船は大型自動車と自転車のような関係です。……
一方船長以下全員死亡した宗像丸の衝突に至る経緯は…18日0746仮泊地を抜錨、京浜運河の航路に沿って東北東ENE8ノットで川崎市水江町の桟橋に向かう宗像丸は航路のやや左側を東進して8時10分頃安善町2丁目附近にさしかかります。
《同時11分ごろ船首少し右舷900メートルばかりのところ(宗像丸の船首、船橋間の距離は約62メートル、ブロビーグは約77メートルである。)に京浜運河を出航中のブロビーグの船橋を見る態勢になったとき、宗像丸船長は、機関を停止したが、航路筋の右側につくことなく、同時12分ごろ機関を再び微速力前進にかけて同一針路のまま続航し、同時13分ごろ船首少し右舷300メートルばかりのところに相手船の船橋を望む態勢になったとき、相手船を左舷側にかわそうとして右舵一杯を令し、短音1回の針路信号を行ない、同時13分半ごろ船首が右転しはじめたとき、更に短音1回を鳴らしたが、同時14分半ごろ航路筋のほぼ中央、すなわち川崎市安善町2丁目埋立地南東角から115度370メートルばかりのところにおいて、ブロビーグの船首が、ほぼ東微南4分の1南 E/S 1/4 Sに向首した宗像丸の左舷中央部に前方から約3点の角度で衝突した。》
……以上の複雑な海上交通を簡略単純に云えば、道路交通において狭い道を対抗してきた普通車と大型車が互いに対抗路線にはみ出し走行、事故直前に普通車運転者が本来の道路左側にハンドルを切るも、間に合わずに衝突したケースか?
この海難事故に対する高等海難審判庁の裁決言渡しの衝突に関する部分は… 
《本件衝突は、第一宗像丸船長が、狭い水道である京浜運河を東行する場合、海上衝突予防法第25条第1項の規定に違反して航路筋のほぼ中央を進行し、かつ、他船に近づいてから針路を右転し、その前路に進出した同人の運航に関する職務上の過失及び水先人が、タラルド・ブロビーグを水先して京浜運河西行する場合、海上衝突予防法第25条第1項の規定に違反して川崎第4号燈浮標附近においては航路筋の左側を進行し、同燈浮標のところから、しだいに幅の広まる航路筋のほぼ中央に向く針路のまま続航した同人の運航に関する職務上の過失に因って発生したものである。
第二鶴洲丸船長及び第十八鳳生丸船長が、京浜運河を東行するにあたり、いずれも海上衝突予防法第25条第1項の規定に違反して航路筋の左側を進行したことは遺憾であるが、本件発生の原因とならない。
 太平丸甲板員及び宗像丸運航管理者の各所為は、ともに本件発生の原因とならない。》

以上、ヒューマンエラーを主題にしましたので、衝突後のガソリン引火による海上火災発生からの鎮火までの顛末などは長くなりますので省略致しました。
なお日本の代表的な京浜運河に関して、両岸埋立地は企業専用地のみで、一般市民にはその水域とは無縁が現状ですが、ただ一箇所その全貌を望見できる場所があります。…JR鶴見線の終点海芝浦駅です。この駅は東芝工場の専用駅で改札口はありませんから部外者は会社敷地には入れません。一般乗客には京浜運河眺望専用駅です。上記海難事故現場は目の前の運河で起こりました。
参考資料)国交省海難審判所HP”日本の重大海難”  ……前へ戻る

《海難》
(6) 京浜運河の第一宗像丸海難事故 或るヒューマンエラー
(5) 史上最大洞爺丸沈没事故と船長
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(3) 大型貨物船遭難ボリバア丸31名遭難とヒューマンエラー
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