2013-03-01から1ヶ月間の記事一覧

[探訪][地域] 月島 築地 (2)−6 江戸遺構 佃島、石川島の今昔

今を去ること1400年前、日本国の年号も定まらない628年(西暦)隅田川の河口浅草で漁師の檜前浜成、武成の兄弟の網に一寸八分の黄金の聖観音像がかかり海中より現れたのが浅草寺の御本尊と云われますが、徳川家康公が江戸に入府した天正時代1590…

[地域]  月島 築地 (1)−6 月島佃島歩行案内

隅田川を遡る話ではありますが、河口から流頭荒川岩淵水門までの両岸の歩行探索記です。 川の流れが大都会誕生の原点にありますが、お江戸東京も隅田川(旧荒川)河畔が経済文化の中心地でした。 昨今は東京の文化は内陸へとシフトして隅田川両岸は細々とお…

[幕末][事件事故] 水戸天狗党 (4)−6  水戸藩2足の草鞋で悲惨へ

水戸藩9代藩主徳川斉昭の七男一ツ橋公慶喜が天狗党追討軍総大将として…『流言、浮説にまどうことなく無二念(容赦なく)追討鏖殺(みなごろし)いたし候様』と下知して待ち構へております。そこへ神君と仰ぐ徳川斉昭位牌の神輿を伴ない慶喜公を一縷の燭光と…

[幕末][事件事故] 水戸天狗党 (3)−6  自滅 飛んで火にいる夏の虫 

私は一時那珂湊に寄留した事があり水戸の街にも立寄った記憶では千波湖や偕楽園周辺は風光明媚、文化財も魅力のある場所です。 天狗党事件を切っ掛けに幕末の水戸藩内が二分して血みどろの殺戮合戦に終始した事実に、なぜか?、口をつぐむ水戸の人が不思議に…

[歴史][幕末]  水戸天狗党 (2)−6  尊王水戸藩の真実

水戸天狗党事件の本因である水戸藩の尊皇攘夷を一寸覗いてみましょう。 二代藩主徳川光圀に始る尊王思想への傾注歴史観の史記編纂が藩の仕事として代々受継がれますが、江戸末期の9代藩主徳川斉昭の就任で尊王と過激な攘夷思想が水戸藩を席巻します。 即ち…