[時事] 外国人研修生制度(2)−4 人身売買(娘身売り)の実態は法律より社会悪
今回も直接外国人研修生の話には届かない筈ですが、なにぶん人身売買紛いの話となりますと日本社会に根付いた風習でもあり単刀直入では納得できる結論に至らないと思います。悪しからず……
前回までの段階ではいたいけな少女達の人権擁護とも云うべき公娼制度の廃止、売春禁止の思想は政府には無く、むしろ芸娼妓屋の衰退を憂慮し新公娼制度の発足となります。 旧制度は身代金、前借をもって芸娼妓として拘束される図式でしたが、新公娼制度は芸娼妓稼業は当人の自由意志による許可制、当然廃業は自由、さらに踏み込んで娼妓名簿からの削除…廃業手続きは「書面又ハ口頭ヲ以テスヘシ」…楼主との連署捺印書類も不要、口頭申告でも当該警察署にて可能と云うものです。…ここで娼妓の人身売買過程を否定し自由意志による稼業を強調しました。
この法整備は明治33年内務省令”娼妓取締規則”によります。
当然この段階で芸娼妓屋経営者から莫大な身代金回収…娼妓稼業と前借金は不可分の慣習制度と債務弁済訴訟が殺到しますが、時の最高裁(大審院)は当然娼妓稼業と前借金は分離したもの、依って従来の娼妓の廃業自由を容認する判断と取れます。
ところが、新公娼制度発効後には芸娼妓廃業…お女郎さんの廃業は楼主とのトラブルが続出するのです。裁判所には娼妓の廃業訴訟が殺到しますと、またまたこの段階で最高裁、大審院の判例があります。概要とは。……『芸娼妓の登録は本人の自由意志、人身売買は存在しない。依って娼妓による前借金などの貸借契約は有効』となっております。…どうも法律とは簡単明解と云う分けに行かず、江戸っ子らしくポンポンと話が進まないようでして、呑み込みの悪い私などはその理屈の理解までが大変でした。
即ち素人の女性が必要とする金を貸借契約したとする場合、この債務返済の手段として、自らの自由意志により芸娼妓登録をする行為は容認される。と云う事のようです。 …と云う事は内務省令”娼妓取締規則”の根幹『娼妓登録は自由意志』と『芸娼妓登録と前借金は分離』に対する法解釈の合致が成立して外見上はマリア ルス号事件以前の人身売買の形態に逆戻りし”元の木阿弥”、実質的には前借金で売られてきた少女達は年季明けまで、合法的に身体を拘束され続けたのでしょう。結論として往時の社会習慣…親が都合で娘を身売りさせる状態を恣意的に隠し本人の自由意志を強調する悪質なすり替えが存在した事になります。大日本帝国政府は人身売買を否定する見せ掛けの法整備のみに走り、女性の人権擁護など、どこ吹く風、芸娼妓経営擁護に配慮する様子が明白でした。
更なる悲劇は、この法律の二股こう薬的な結果から社会悪を伴った悲劇が続発します。内務省令”娼妓取締規則…廃業手続きは「書面又ハ口頭ヲ以テスヘシ」の法規定に副い廃娼運動のクリスチャンなど救世軍の活動家は娼妓を説得し所轄警察署に駆け込み自由廃業を申告する様に奨めます。……一方警察は駆け込んだ娘に署長などが対応、「お話は分りましたが、貴女が居なくなり店では皆が心配しているでしょう、自由廃業をお父さん(楼主)に伝えて、持ち物を纏めて又いらっしゃい。」とその場で受付けず。店に電話し…「何をやってんだ、お前のとこの女が廃業すると署に来ているぞ、早く迎えに来い。」で一件落着…遊郭に連れ戻された娘は仕置き部屋に入れられ他の女郎達の見せしめに残酷な折檻を若い衆が行います。
更に世間一般的に存在する親孝行と云う日本の美習慣の裏に潜む社会悪です。特に寒村地帯に潜在化していた「娘身売り」とは、親の病気だ、凶作だと可愛い娘を売り飛ばす習慣ですが、この風習は東京のど真ん中日本橋のそのまた中心、大丸呉服店の在った日本橋小伝馬町で明治時代に平然と行なわれていました。
近代女流劇作家長谷川時雨さんの小説《旧聞日本橋》には大店が軒を連ねる小伝馬町での少女時代の生活描写ですが、父親が代言人と云う現代の弁護士業の家庭で起きた親戚で元旗本一家の娘身売りのお話です。
…<この話は既にブログで重複しますが、悪しからず>…
”旧聞日本橋” 長谷川時雨作 岩波文庫
……ある日藤木夫妻と娘とが、私の祖母と母の前に並んで座っていた。私もそばへ行って座った。丁度父が外から帰ってきて客の待たせてある室へゆきがけに通ると、母が縋るように言った。
おあさが小蒔屋へ行くことにきまりまして…そうか、金助の家か?……
藤木夫妻の望みと抱妓をほしがっている小蒔屋との交渉が、おもいがけなく私の祖母から出来上がってしまったのだった。 おあさのために御馳走がならべられて、口々に褒めた。 おあさは孝行ものだ、親孝行だ。
父までが藤木さんに杯口を与えながらいった。 おれの家でも女の子が多いから、芸妓やはじめると資金(もとで)入らずだが-
私は子供心には言いあらわせない反抗心がグイグイと胸をつきあげていた。その時、父も厭だった、褒めそやす母は一層憎かった。普段は好きな祖母も、そんな話をしたかと思うと悲しかった。 もとより、芸妓は美しいものとして、その他の悪いことは知っていようはずもないのに、なぜか、なんとも言えない泣きたい思いを堪えていた。 親孝行なんて、親孝行なんてなんだ、ただそう叫びたかった。…… ……近所でも八百屋の娘が見えなくなり、何時の間にか身売りしていた話など、…元旗本は娘二人を叩き売り、その娘のお蔭で芸者置屋のお父さんに納まり繁盛したそうです。…
ここで判明した事は明解な法律条文が存在しても政治家、裁判所などの判断で白色が黒にも赤にも変化、更に社会悪が加わり白が黒で通用する社会が出来上がります。 ……次回は憲法、法律が歴然と存在するのに、この問題と全く類似した「集団的自衛権」と「外国人研修生制度」を「娘身売り」の件と対比してみます。
……先へつづく… ……前へ戻る…
《外国人研修制度》(4) 法律は蝉の抜殻か
(3) 外国政府機関の疑念と日本政府の趣旨
(2) 人身売買(娘身売り)の実態は法律より社会悪
(1) マリア ルス号事件