[天皇公家] 皇室天皇家(2)−3 天皇家後宮事情と現代女官 

前回に続きます。天皇家の詳細は敗戦まで政府の厳しい秘匿によって、その真実は将に藪の中。下手に突けば手が後ろに回ったものです。神国日本は現人神(あらひとがみ)の天皇を国の主権者として戴く事が明治以来、大日本帝国建国の根幹だったのですから…。 神たる天皇には瑕疵(かし)は存在しない、従ってその統治行為その他一切の責任を問われる理屈は成立たず、憲法には、天皇は『神聖にして侵すべからず』と明記されておりました。……  
 (注)瑕疵(かし)→過失、欠点。
もう御理解頂けると思いますが、旧憲法時代は天皇の身辺の話は神に対する不敬罪が簡単に成立しますので、報道許可以外の皇后、華族後宮に係わる評論、出版など存在する筈もなかったのです。 敗戦による天皇人間宣言、新憲法で「象徴」の地位は国民の総意に基づくと明記されて以後、やっと往時の首相、閣僚、軍人、宮内省侍従、関係者など天皇家接触した高官の日記、述懐などから現在の通説が成立ったもので、正式に公開されたものではありません。
従いまして、新時代になって言論の自由を得て、色々な説からアングラに至るまで、更に戦前の神国教育を確信する狂信者も多数存在しトラブルを嫌う政治家、有名人、学者、作家などアンタッチャブルを決め込む向きも多く、前回の話、曖昧な天皇家の根幹に迫る宮内庁長官羽毛田氏の発言は時期を得ていない、…真意は宮内庁役人の身分職権の確保拡大を画策する政治発言とも思えます。…
今回は皇后と後宮がタイトルですから一番身近な昭和天皇以降の話からはじめますが、天皇制に対するニュートラルの立場の研究者小田部雄治の著書などを参考にした推理、推測、噂話としか位置付けられないのです。……
現代天皇家後宮があるのか?……
後宮と云う表現が天皇家宮内庁に存在するかは疑問です。これも市井の学者先生の表現で、徳川将軍家の大奥に対峙する言葉でしょう。 一般的に関係者は天皇の私的生活空間を奥と呼ぶ様です。そこに寝泊りして仕える女性が後宮女官と云われておりました。 現代、2001年当時は女官長以下6名の女官は既婚の未亡人を充て、すべて自宅通勤の宮内庁職員とされ、多分宮中祭祀天皇家の公務行事に参加しているのでしょう。 では天皇の住居”お文庫”で働くお女中役は、女嬬(にょじゅ)と雑仕(ざつし)と呼ばれ、若い女性も多いのですが、仕事柄旧女官住居の”お局”を住居とし、詰め所は宮内府庁舎とされ早朝から夜分9時までお文庫の食事、洗濯、掃除のお世話をします。 いわゆる寝所のお世話をする後宮女官は存在せず天皇家は一夫一婦の嫡妻、嫡出子が昭和天皇以来続いております。
この後宮女官(側室)を廃したのが、現天皇の父、昭和天皇裕仁)とされております。大正天皇の体調悪化にともない大正11年摂政になりますが、奥に永住している女官達を通勤制に改め歴史的後宮制度の廃止を主張します。……宮内大臣牧野伸顕に伝えた裕仁皇太子は理由として生涯を奥で暮らし、狭い視野と限られた知識教養の女性は愚鈍であり、身辺を女官に囲まれる皇太子妃や出生した子供への影響を指摘、家庭団欒への阻害など挙げ、更には私的生活の漏洩を嫌ったそうです。……
ここで、旧来から厳しい世襲家系を強いられる天皇家の皇統存続の仕組み根幹である後宮女官制度の廃止に伴なう皇統持続の脆弱化が危惧されましたが、御意とあり一夫一婦制は法的決定(明治の皇室典範)の無いまま敗戦を迎え、現在の皇室典範へと改正されました。……
しかし古来より世嗣確保の智恵、歴史制度の重みか、逆襲か?…昭和天皇の意思とは裏腹に孫に当たる現在の徳仁皇太子、雅子皇太子妃に早速、皇統嫡男出生の危機が世情で語られるようになりました。……
その他、昭和天皇の英断としては、古来よりの伝統、皇族公家(華族)との同族婚の弊害除去か、皇室改革か?、皇太子妃に平民正田美智子を決断、ミッチーブームを呼び皇室が世情の注目を集めます。が、美智子妃が皇后になるとその御容姿の変化からお察しして、美智子様イジメ説が巷間語られるようになります。 どうやら根源は昭和天皇のお后、著名宮家久邇宮家出身の良子皇后で、昭和33年9月皇太子妃候補の正田英三郎日清製粉社長)邸に使者が訪れますと、良子は秩父宮妃や高松宮妃、松平信子に『宮家でも華族でもない平民を東宮妃にする不満を爆発』させます。それ以来終始不機嫌が続き、心痛の美智子妃から昭和42年、侍従入江に『皇后様は一体どうお考えか、平民出身として以外に自分になにかお気にいらないことがあるか』と口走られた。…と”入江相政日記”の記述が残されているようです。 宮家、華族、…女官と云えども華族出身者の身分社会の宮中での平民皇后に対する陰湿な対応が手に取るように分ります。
平民皇太子妃を迎えて、上記秩父宮勢津子の叔母、松平信子の実姉梨本伊都子の日記”日本はもうだめだ”と詠んだ歌。( ミカドと女官 小田部 雄二 恒文社 より )
【余にもかけはなれたるはなしなり吾が日の本も光おちけり】
【国民がこぞりていはふはづなるにみせものごときさわぎ多かる】
……敗戦により廃止され20年を経た久邇宮家や平民と化した華族出身者が失われた残滓を縁に生きる姿を見るような気が致します。……先へつづく…   ……前へ戻る
        
《皇室 天皇家
(3) 天皇家の歴史は秘匿されているのか
(2) 天皇家後宮事情と現代女官
(1) 宮内庁長官羽毛田氏はパンドラの箱を開けたのか