[歴史][事件事故] 安政の大獄(2)−5 水戸藩徳川斉昭の画策と将軍継嗣争い
前回では水戸と尾張藩の両家が御三家の夢、将軍継嗣輩出でお家繁栄の願いに水差す事件がありました。…有名な徳川家光三代将軍就任宣言です。御三家尾張、紀州、水戸藩主に対して「……、向後ハ各モ譜代ノ大名ニ同ジク某(それがし)ガ家臣ナリ。コレニ因テ諸事アシラヒ、家臣同然ノ趣タルベク間、此段相心得ラルベシ……在所ヘ帰国ノ節、三年迄ハ罷在テ苦シカラズ、其間ニ徳ト勘へ思ヒ立ツコトアラバ、勝手次第タルベシ……」が両家にショックを与えます。その反感から将軍家への反撃のツールとして縋りついたのが尊王の呼応でした。
しかし、尾張藩初代義直、水戸藩2代光圀、尾張藩7代宗春らの行動は尽く頓挫しますが、はるか幕末に至り水戸藩9代藩主徳川斉昭(烈公)の野望実現に燭光の兆しが見え始めます。その周到な計画とは先ず、七男慶喜(七郎麿)を御三郷の一ツ橋家に養子に出したのが画策の一歩でした。この御三郷とは8代将軍吉宗が創設した将軍血筋を存続させ、必要時に継嗣輩出の役目となる家柄で版籍は持たない将軍家家族です。……
さて、歴代世襲の弊害は、まっとうな将軍を得られず徳川幕府は陰湿なお家騒動に終始します。無能な幕閣は統治能力を喪失して幕末に至り、制度疲労は極限に達しました。 徳川幕府親藩からも公然と尊王派が台頭し、福井藩主松平春嶽、佐倉藩主堀田正睦、尾張藩主徳川慶勝、水戸藩主徳川慶篤、高松藩主松平頼胤、守山藩主松平頼誠、常陸府中藩主松平頼縄などが斉昭の野望に加担している幕府親藩の殿様です。 更に外様雄藩主や京の公家は当然とし、欧米列強の日本干渉に対する幕府の失態は擁護されず、古きを捨て新しきを願望とする世情が激していったのです。 が、この動きに敢然と対抗する大障害が現れました。
神祖家康公の戦陣有数の功労者彦根藩主井伊家当主に井伊直弼が就任、早速幕閣、安政5年(1858)4月には幕府大老に就任します。 この方は幕府権力至上主義の伝統に重きを置き、勤皇派とは一線を画す存在です。…13代将軍徳川家定は心身ともに虚弱で先が望めず、継嗣候補に御三家紀州藩主徳川慶福(10歳)の就任をを強力に推進しており、有力候補者一ツ橋公慶喜については徳川光圀以来の御謀反のお家柄出身と将軍家との血の薄さをもって不適格であり、慶喜を排除する実践者でした。…一ツ橋派は大願成就を阻害する井伊直弼に激昂し水戸藩徳川斉昭は一統を引き攣れ安政5年6月24日江戸城に不時登城の禁を犯し直弼糾弾の面談を強行します。…おりしも幕府は安政5年6月19日には日米修好通商条約の調印を終了しており、更に紀州候徳川慶福の14代将軍就任が確定の段階になっておりました。 語らい合い不時登城した水戸斉昭一統のメンバーは徳川斉昭(前水戸藩主)、徳川慶恕(尾張藩主)、徳川慶篤(水戸藩主)らは、直弼の老獪な応対の前に何の成果も得られませんでした。 なお松平春嶽(福井藩主)は家格の違いで参加を拒絶されています。……
…会談前の徳川斉昭一統は天皇の勅許を得ず日米修好通商条約締結を糾弾して井伊直弼の即刻切腹なしでは退出せずとの高揚した姿勢でしたが、なぜ意気消沈の退城となったのか?
……時代錯誤を犯さない限り当然の結末と考えられます。
幕末の混乱期といえども将軍統治の幕藩体制下、神祖徳川家康公の差し置かれた「武家諸法度」「禁中並公家法度」の存在です。禁裏、天皇の権限行動は固く定められており、禁中法度には【第一條 天子芸能の事を規定す】…本文概要→第一御学問也で始まり、大要は<天子の行うべき事は日本古来の和歌、朝廷の有職故事、唐の皇帝の書など学問を第一に専念する事>と全く政治関与の余地は禁裏法則上存在しません。
また、徳川斉昭の尊王一統の政治行動などは、武家法度の一條の記載、【一、法度に背く輩を国々に隠し置くべからざること。法はこれ礼節の基なり。法を以って理を破り、理をもって法をやぶらず、法に背くの類その科軽からず。】……乱世とは云え幕府統治下では天皇の政治関与は存在せず、斉昭らは自我の思想行動を幕府組織での論議挑戦は自ら処断される理由を惹起した見当違いだったのかも、?
…ちなみに天皇勅許の問題で、分りやすい話としては奇しくも現代と江戸幕府時代は同一の如き状態です……
現代→天皇は日本国憲法下、政治関与不可。主な公務の一つに政府の決めた人物への叙勲など…
江戸幕府時代→天皇は禁中並公家法度により政治関与不可。公務は幕府の指示、認可を経て行なう官位授与や宗教、僧侶、神官などの格付け。…
注)徳川幕府の二大法度【武家諸法度】【禁中並公家法度】の詳細はここ、
http://www.kyubunhp.sakura.ne.jp/haxtuto.htm
既に鎌倉幕府以後の武家覇権時代では朝廷には政治執行組織など存在せず、公家官位も形骸化したものでした。 次回は幕府の鉄槌下る。
……先へつづく… ……前へ戻る…
《安政の大獄》
(5) 冥界小塚原刑場と松陰神社の経緯
(4) 小伝馬町牢の露と消える
(3) 徳川幕府の鉄槌下る
(2) 水戸藩徳川斉昭の画策と将軍継嗣争い
(1) 桜田門外事件起因と過程