[地域][寺社] 蔵の街 栃木市(2)−4 惣社町”室の八島”大神神社

二月に入り栃木市散策を思いつき、先ずは大神(おおみわ)神社、歌枕”室の八島”探訪でした。 奥の細道のプロローグを口ずさみ、取るもの手に付かず東武電車に乗りました。……芭蕉さんと曾良の江戸出立は新暦五月九日ですから真冬二月は早すぎた嫌いはありますが、思い付いたが百年目という事です。…「行春や鳥啼魚の目は泪」是を矢立の初めとして…千住に上陸した芭蕉さん一行は先ずは日光を目指して粕壁宿、間々田宿に泊り、三日目日光街道からそれて、下野の歌枕「室の八島」大神神社参詣に寄り道しています。…かくいう私は栃木駅乗換え東武宇都宮線三つ目の野州大塚駅下車15分程度で室の八島大神神社の鬱蒼とした境内に辿りつきました。

  

室の八島に詣す、同行曽良が曰く、「此神は木の花さくや姫の神と申して富士一躰也。無戸室に入て焼給ふちかひのみ中に、火火出身のみこと生れ給ひしより室の八島と申。又煙を読習し侍もこの謂也」。将、このしろといふ魚を禁ず。縁起の旨世に伝ふ事も侍し。

…と、芭蕉さんは”室の八島”をすらりと書いてており、なにやら難しい文章の様ですが、話は男女の神様の痴話喧嘩の揚句の修羅場です。……神話、記紀の本質と内容とは《人間が主で神様が従》の関係です。 政治的目的で必要に迫られ人間が創り上げたのが古事記日本書紀の神話ですから、当時の人々の生活思考を基に神様が創作されたお話でしょう。
では、”室の八島”神話の概要とは……天照大神の命により瓊々杵命(ににぎのみこと)は日向の高千穂の峰に降り立ち、そこで美しき木花咲耶姫(このはなさくやひめ)出会います。 たちまち恋に落ちて結婚、一夜の契りを結びましたが咲耶姫は直ぐに懐妊したのが争いのもと…瓊々杵命は自分の子ではないと言い出します。 すると咲耶姫は貞操潔白の証として入り口を塞いだ無戸室に入り出産の準備をし、無事に出産できれば貴方の子の証明ですと火を放ち煙をあげる室で無事三柱の神の子を出産し不貞の疑惑を払拭したお話。……産まれた神様の孫が神武天皇とされています。…神道に詳しい弟子曽良の説明で芭蕉さんは室の八島大神神社を詣でました。…ここで、室と煙は解決しましたが、残るのは八島です。 
 


 芭蕉句碑と八島の池

この地には下野国府があり、国司職掌には神社に係わる諸事もふくまれた関係上、有力神社(上位延喜式内社)を大神神社境内一箇所に集め祀ったもので惣社(総社)と云い、境内の池に八社がそれぞれ島の祠に祀られ八島と云われ…香取神社鹿島神社熊野神社、筑波神社、天満宮雷電神社浅間神社二荒山神社です。なお随行の弟子曽良の旅日記にはすでに惣社河岸と云う地名が記されております。…
一方神話の方の八島とは、カマドを意味する”やしま”から八島に転じたとする話もあります。 7世紀には国府が置かれた訳ですから大神神社はその頃には存在したのでしょう。この神社の本社は大和国一之宮三輪明神大神神社記紀神話以前の日本一古い神社と云われ三輪山御神体の神域だけ、古代は○○之命など居ない神社の原点だったのです。
神様の痴話喧嘩で始めましたが、そこはそれ芭蕉さんも立ち寄られた古びた歌枕です、巨木の杉の森に覆われた境内は遥か天平に思いをはせる楽しみがあります。
ながむればさびしくもあるか煙立つ
                   室の八島の雪の下もえ   源時実朝  
いかでかは思いありとも知らすべき
                   室の八島の煙ならでは   藤原実方
煙たつ室の八島にあらぬ身は
               こがれしことぞくやしかりける   大江匡房
暮るる夜は衛士のたく火をそれと見よ
                    室の八島も都ならねば  藤原定家

一方芭蕉さんは奥の細道の室の八島の記事で俳句は書いておりませんが、境内の芭蕉句碑では『糸遊に結びつきたる煙哉』が記されており、糸遊とは春の陽炎の事で「煙立つ室の八島」は江戸元禄の頃でも既にお話だけのようです。 また『あなたふと木の下暗も日の光』、 『入かゝる日も糸遊の名残哉』とも詠んでいますが、現代の私達が眺める景色も元禄時代とさほど変わらないものではないでしようか。
なお、野州大塚駅から行ったのは裏参道で表参道は反対側からの杉並木で芭蕉さん一行は此方から参詣したのです。…… 先へつづく… ……前へ戻る… 

《蔵の街栃木市
(4) 急襲水戸天狗党の放火殺戮 
(3) 例幣使事件と公家の実体 
(2) 惣社町”室の八島”大神神社 
(1) お江戸の時代と蔵の街