[探訪][地域][河川]  江戸川(7)−7 浦安町バーチャル手帳

旧浦安町の住民にとっては「青べか物語」は余り歓迎すべき小説ではなかった様子です。 私も今更読み返して、土地の人達は浦安の悪口を書いた小説と考えたのか?、また、飾らない女性描写も御婦人には不満が在ったのかも知れません。…往時、森繁さん主演の映画「青べか物語」も浦安町民には不人気だったとか!。 登場人物に人間共通の深層心理を露出させ、焙り出した話の数々に私は引き込まれ、むしろ住民に対する親近感と安心感が生まれたのでしたが。……
また浦安市のモダンな新開地に移り住み、生活パタンの異なる新市民、と云っても既に2,30年は経っておりますが、小説「青べか物語」の世界がどのように映ったのでしょうか?、昔の海と漁業、ルーツタウン旧浦安町への意識はどの様なものなのか?、この地域を歩き廻った私には、とどのつまり新開地と旧浦安町の人々を二分した生活圏が存在して、昔の海岸線をボーダーラインに、手の平の表と裏を並べた様な街に見えました。……
     

上)浦安市文化財 フラワー通り宇田川家住宅 中) フラワー通り洋館 下) フラワー通り裏路地


このルーツタウン探訪には、前回ご紹介しましたが、郷土博物館近くを流れる境川の川筋を辿れば旧浦安町の中心地を隈なく歩き江戸川の旧蒸気河岸に達します。行程は約1400m位です。 この町の特徴は街を貫くバックボーン、メインロードに当る境川を挟んで路地が縦横に絡んで街が形成されております。昭和50年以前はこの境川をべか舟やら漁舟が川面を覆いつくし、朝晩出漁や水揚げは家族総出で川岸が賑ったのです。
町役場(旧市役所)や漁業組合なども川に面し、浦安町一番の繁華街(現フラワー通り)も川の裏、今でも風呂屋が多く、お寺神社も川の周囲に目立ちます。だが、私が歩き始めた。10年前に比べ、古い家は建て替えられ風情は多少失われておりました。

……境川を眺めながら、せっかく山本周五郎さんの文藝作品「青べか物語」で全国区になった旧浦安町の価値がこのままでは惜しいのでは、今流行りの経済価値は、いか程になるのだろうか?。 昔から「古きをたずねて新しきを知る」と云われます、浦安の新しきはさしずめディズニーランドとして、新旧共棲の浦安市と云う事では、などと考えておりました。
……よそ者の勝手な夢はこの境川の遺構の両側にバーチャルタウン浦安町を再現出来ないか、…旧役場、大松、洋食屋、ゴッタク屋、天麩羅屋、洋品や、床屋、風呂屋消防団ポンプ小屋、蒸気河岸、、境川には、網船、べか舟、釣り舟、通船を浮かべ、物語で個性的な住民のイメージは建物とリンクして楽しめる筈ですが。……
昔日の境川風景(浦安市郷土博物館資料より)


浦安郷土博物館の展示建物を見学して充分可能性があるように思へました。道路を造る再開発より、バーチャルタウンは旧浦安町復興の核になり波及効果があるのでは。……
街歩きで是非外さないで頂きたいのがフラワー通りに在る旧宇田川家住宅 市指定有形文化財で商家の建物内部も整備され見学でき由緒や浦安探索の相談も職員が丁寧に説明してくれます。裏の境川沿いには漁師の家の文化財も公開されております。…私好みで「青べか地図」を書いてみました。 ご利用ください。

それでは私のお気に入り「青べか物語」の断片、お上品な部分を勝手にピックアップしてみます。先ず、センセーショナルな「人はなんによって生くるか」の章や核心は直接読んで頂くとして、…山本周五郎青べか物語”新潮社より
●はじめに。…蒸気河岸(江戸川河岸) 
……交通は乗合バスと蒸気船とあるが、多くは蒸気船を利用し、「通船」と呼ばれる二つの船会社が運行していて、片方の船は船躰を白く塗り、片方は青く塗ってあった。これらの発着するところを「蒸気河岸」と呼び、隣りあっている両桟橋の前にそれぞれの切符売り場があった。
●章「青べか」を買った話。…三本松(大松) 
……四月の末か五月のはじめころたぶん五月のはじめころであったろう、私は三本松のところで老人に捉まった。三本松といっても、樹齢の古い松ノ木が一本しかない。…老人が舟をひき起こすときのすばやい動作には二つの意図があった、ということに気づいた。一つは私を捉えること、他の一つは去年の枯れ草が覗いていた船底の穴を私から隠そうとしたのだ、ということである。
もう一つ、これを書いては人が信じなくなるだろうと思って、書かないことにするつもりであるが、老人が舳先を掴んでゆすぶったとき、舳先の尖ったところが折れてしまった。すると老人は自分の手にある折れた舳先の、折れたところへ唾をつけて、元の部分と合わせ、そこを片手で押さえたまま、いっそう高ごえになって喚きたてるのであった。……

●章 土手の夏。…澄川、喜世川(喜代川)ごったくや。 
……土手の右側の下には、例の「ごったくや」といわれる小料理屋が並んでいて、そこを出外れると空地になり、いぶせき独立家屋であるわが家が見える。そこまで来たとき、私に呼びかける女の声が聞こえた。
「蒸気河岸の先生よう」とその声は云った、「なにそんなにすましてるだえ」私は声のほうに振り向いた。声は土手の左側の下、つまり根戸川のほうから聞こえて来たもので、そちらを見ると、川の中に三人の女がいて私に笑いかけた。それはごったくやの女たちで、三人とも全然まるはだかであった。
私の目の焦点は自動的に拡大し、対象物とのあいだに一種の保護幕を張ったのであるが、それでもなお彼女たちの逞しい肉躰、特に第二次性徴と呼ばれる部分のよく発達した、魅惑的な、というよりもむしろ涜神的なまるみやふくらみが、私の視覚をとらえて放さなかった。……

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《江戸川》
(7) 浦安町バーチャル手帳
(6) 懐旧の浦安町
(5) 利根運河 銚子航路蒸気船から筏(いかだ)まで
(4) 流山、近藤勇の生き様
(3) 味醂の街流山と近藤勇、小林一茶
(2) 行徳新河岸と日本橋長渡船
(1) 川という人工導水路と防災安全性は