[地域] 新宿界隈由縁の人々(5)−6 内藤新宿宿場と芥川龍之介

内藤新宿の宿場遊郭を接点として夏目漱石に続いて今回は芥川龍之介に話を移しますが、このお二方の誕生から青年期にかけて境遇の余りの類似性には驚きでした。……
しかし、つらつら考えるのですが、現代は遊郭どころか赤線さえ御存知ない方が大半なのにも関わらず新宿二丁目遊郭絡みのお話だとか、近代文学草創期の巨匠を引き合いとか、何かアナクロニズムでは?、と…われながら加齢による時代の錯誤ではとの不安があります。
何分最近の出来事で、僅かに残って居られた同世代のエース、野坂昭如永六輔大橋巨泉さんが相次いで、あちらの世界に住み替えられたのですから。……ま、永六輔さんは御実家が浅草のお寺さんですから、きっと三途の川で顔見知りの奪衣婆に声を掛けたり、閻魔大王にご挨拶、今は観音菩薩のおみちびきで六輔さんは「六道」のどの道を歩いておられるのでしょうか! ”天道” ”人間道” ”修羅道” ”畜生道” ”餓鬼道” ”地獄道”があります。 おそらく天道か人間道を……♪…知らない街を歩いてみたい どこか遠くへ行きたい……♪…などと唄いながら旅してるのかも…  

深川二丁目法乗院の閻魔大王

ところで、一寸心配なのが私達自身の事になりますが如何でしょうか……多少とも心当たりのお方様は、今からでも遅くは在りませんから、お江戸以来有名な閻魔堂がある内藤新宿「太宗寺」境内の閻魔大王と奪衣婆さまに何分の仏心を御願いしておくのも後の為になるかも知れません? が、昔から”地獄の沙汰も金次第”などと云う人もおられますから、念の為!心配な件それ相応なお賽銭はお忘れなく………
始めます。芥川龍之介内藤新宿に住む発端は実父新原敏三の経緯から……この方は山口県の庄屋の出。慶応2年の孝明天皇詔勅「朝敵長州征伐」で出征の幕軍徳川慶喜軍と対戦した長州藩御盾隊に参加、重傷を負います。御一新後は上京して成田三里塚の下総御料牧場に職を得て3年後の明治15年渋沢栄一経営の耕牧舎牧場に勤め東京での牛乳販売で認められ支配人に抜擢され頭角を現します。その功から内藤新宿二丁目の8000坪の牧場を譲渡され大正2年(1913)独立し「耕牧舎牧場」の名称を引き継ぎ商売は軌道に乗り帝国ホテルや精養軒、皇族をお得意とし繁盛するのです。……

内藤新宿太宗寺閻魔堂では、新原敏三の家族へ……敏三は両国在住芥川道章の妹フクと結婚、ハツ、ヒサ、龍之介の三児を得る。実母フクは龍之介出産八ヶ月後に発狂し、新原敏三は龍之介を実母フクの実家芥川道章家に養育の為に預けます。 養父となる芥川道章は代々続く江戸城茶坊主をつとめた家柄でしたが、明治御一新後は東京市の土木課勤務で龍之介を預かった時は43歳、江戸の文人通人らしく多趣味な穏やかな性格な人、龍之介の実父敏三の短気積極的性格と対照的人物像です。
しかし龍之介が成育し利発な子供に成長すると、お定まりの養家と実家の間で子供を返せ、無理に連れ去れば腹を切って果てる…の争いが生じるのです。……親族会議や裁判沙汰に発展しますが、結論は龍之介と芥川道章との正式養子縁組で決着し芥川龍之介となります。この件も夏目漱石生家と養家の間の悶着と似たケースで、金之助の場合は実家から養育費名義の金銭を養家に渡し解決しますが、金之助(漱石)が結婚し新聞社勤務の頃まで養父塩原昌之助は常に金銭をせびりに来て居たのです。(漱石自伝小説「道草」)
一方、その後の龍之介の養家と実家とは必然的な不即不離の関係?、……新原家では精神異常の妻フク(芥川)の家事不如意の事態を見兼ねた芥川道章の計らいで、妹の芥川フユを手伝いに行かせるのですが、なんと新原敏三の子を身篭り出産する事件が発生します。…病妻フクの夫、新原敏三の不祥事でまたまた両家は揉めるのですがフクは龍之介10歳の明治25年亡くなり、フユの後妻が法的に認められて問題は収まるのです。…この両家の密接な? 延長線上で如何なる話の結果なのか分かりませんが、今度は内藤新宿2丁目の新原敏三牧場「耕牧舎」に芥川道章一家は引越して龍之介が第一高等学校入学時から帝国大学入学までの4年間を住居としたのです。その後田端に芥川家が引越すと、なんと今度は新原家も田端に住居を構えると云う不思議な関係が続いていきます。……

さて、夏目漱石芥川龍之介の似たような境遇の話の締め括りは……前回で夏目漱石が出生後露店商人に里子に出され路上の篭の中で寝ていた話と今回は…龍之介が捨て子にされた経緯です。明治25年(1892)東京市京橋区入舟町(現、聖路加病院旧本館附近)で父新原敏三、母フク(芥川)の第3子として出生しますが、封建的な悪習が跋扈した時代を反映して…父母の年齢大厄を避け、出生した子供を守る手段として、一旦子供を捨て、捨て子を拾って実子にする方法です。龍之介の場合は父敏三が耕牧舎(渋沢栄一経営)牛乳販売支配人時代の築地入舟町事務所前のプロテスタント教会玄関に置き去り事務所社員が見つけ拾われる方法でした。旧弊な田舎者新原敏三による一連の茶番な発想ではないのか? と考えられますが、彼には隠し子「敏二」も居たのです。……フクは龍之介出産八ヶ月後に発狂しております。

注)詳細は芥川龍之介研究者関口康義氏のページ「芥川龍之介研究のために」へ…
http://trail.tsuru.ac.jp/dspace/bitstream/trair/214/1/KJ00005220854.pdf
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……次回へつづく… 

《新宿界隈由縁の人々》
(6) ゴールデン街
(5) 内藤新宿宿場と芥川龍之介
(4) 内藤新宿宿場と夏目漱石
(3) 内藤新宿宿場の有名人
(2) 赤線青線街の成立
(1) 闇市バラック街備忘録