[風俗][地域] 横須賀事情(6)−9 横須賀の落穂拾い 横須賀の遊廓

今回は旧遊郭、赤線地帯に関わるお話です。敗戦直後の失業都市横須賀を支えたのがUS NAVYの落とす金…、ドブ板通り界隈のAサインバーと健気な”大和なでしこ”のオンリーさんや洋パン嬢が外貨を獲得しておりましたが、本題の遊廓と云われた場所が安浦、皆ケ作、柏木田の三ヶ所あります。
                      <一連の写真は現在の安浦三丁目の建築物です>

…旧安浦漁港(現、埋立地)そばの安浦遊郭が敗戦後の赤線として規模、ロケーションで断トツの存在、次の皆ケ作は船越の海岸から山越しで浦郷に至る細い坂道に出現した粗末で小規模な赤線、最後の柏木田とはR26号線上町三丁目に明治以来存在した伝説の公娼遊廓街です。 この柏木田遊廓の発祥をたどりますと、やはり幕臣小栗忠順の横須賀製鉄所建設に始まるのです。…慶応3年(1867)の横須賀は僅か214戸の寒村にすぎず工事労務者工事関係者が諸国からの流入して人口が激増、明治17年になると海軍横須賀鎮守府が置かれ海軍施設も充実して来ます。この過程で既にブームタウンを現出し下町…現在のさいか屋デパートや三笠通り附近の大滝町に20軒の遊廓が出現繁盛したのです。…が、明治21年大滝町豊川稲荷附近から出火して遊郭街は全滅します。しかし当地での再建は許可されず、坂の上、不入斗(いりやまず)附近を造成して移転したのが柏木田遊廓として各家間口10間と云われた17軒の大廈高楼で遊郭街が出現したのです。
国に護られたた公娼制度は反面、許可取り消し移転の図式は珍しくなく、奇しくも東京根津遊郭東京帝国大学に拘わる風紀の問題で同じく明治21年洲崎埋立地に移転させられております。
戦後マッカーサーの公娼廃止命令で遊郭ゾーンは赤線時代に転化しましたが、既に柏木田は凋落した、ささやかな遊里として存在しております。 …が、忘れられ消え行くこの遊廓の実態が作家山口瞳さんの私小説「血族」で一躍クローズアップされました。

お江戸の時代、妓楼主人は傾城屋と云われた被差別民です、戦前の公娼制度下でも、いたいけな少女の人身売買で成立する職業は”おてんとう様”の下を歩けない日陰の存在でした。また病気などで稼げない女に対する冷酷な仕打ちなども巷間の話として陰惨なイメージは拭えず女郎屋経営者は醜業として世間を憚っていたのです。
    


この横須賀柏木田に注目を集めさせた私小説「血族」の粗筋とは……山口瞳の実母が実は柏木田の女郎屋「藤松楼」の娘でした、頭が良くユニーク魅力的な母でしたが生存中は自分の出自を一切隠し通して亡くなりますが、出入りした母の縁者も徹底して口を閉ざしており、薄々何かを感じていた山口瞳が母親の出自を調べるのに苦闘した話です。
私は相当以前に「血族」のテレビドラマをを観た時の感慨は…封建時代の事でもあり、自分の知らない2、3代以前の血族に因果因縁が存在するのか?、何故か不安定な気持ちに為った覚えがありました。
この柏木田遊郭の凋落は大正12年の関東大震災で被害を被り、それが契機とされますが、実際は安浦や”がさく”と呼ばれた”皆ケ作”の海辺にある岡場所に客が流れたのです。
上陸する艦隊乗組員や海軍施設、工廠の従業員が坂の上2kmも離れた場所には来ないかも、時代に取り残された間口10間の公娼遊郭より安直な岡場所を選んだのでしょう。 と云う事で昭和32年の売春禁止法執行までの赤線探訪は安浦遊郭跡にいくらかの片鱗を観る事ができます。
この安浦町は大正11年に竣工した海岸埋立地ですから大正12.3年過ぎに岡場所が発生、遊郭に転化した所詮昔は海の上、柏木田とは格違いですが、地の利と安直さが売り物で一挙に安浦は有名になり、昭和の時代には大店も増えて行き昭和32年売禁法執行後も建物が存在しましたが今では総て消滅し一軒もありません。現在は戦後赤線時代の建物がチラホラ存在する程度です。 この街や皆ケ作では売禁法以後の昭和33年頃でも女性が店先に座りご要望に応じる家も残っておりました。 
注)旧安浦赤線地帯は京急県立大学駅(元安浦駅)から県立大学方面へ国道を渡り安浦三丁目一帯です。県立保健福祉大学は旧安浦漁港の埋立地にあります。安浦の隣町三春町には元総理の小泉純一郎氏の邸宅があります。この地域一帯の海岸を更に埋め立て出現した街がその名も平成町と呼ばれるニュータウンです。
お船越の皆ケ作こと「がさく」の現在は簡素な住宅が立て込む唯の細い坂道に過ぎません。…柏木田こと「わぎだ」の遺構は場違いの広い遊郭街路が残るのみ、その片鱗は覗えず往時の人々の生業のはかなさだけでした。
なお赤線遊郭をさらに調べたい方はカテゴリー「風俗」の全21アイテムを御参照ください。
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《横須賀事情》(9) 横須賀のオンリーさん
(8) 洋パン嬢とオンリーさん
(7) 横須賀の落穂拾い 小栗忠順という日本人
(6) 横須賀の落穂拾い 横須賀の遊廓
(5) 横須賀と芥川龍之介
(4) 海上自衛隊の創設期とU.S NAVY
(3) 海軍遺構と長浦港自衛艦隊
(2) 横須賀帝国海軍の物語
(1) 横須賀 街の今昔